皮膚の歳時記

世田谷区の皮膚形成外科、千歳台きたのクリニックです。季節の変化と皮膚の健康の関係は切っても切り離せません。季節ごとの皮膚のお話をちょっとずつお伝えします。
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「優しい」仕事
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    数週間前、高校時代の友人から、あるPDFファイルが届きました。その内容に胸を打たれたので、ちょっとご紹介したいと思います。

    1970年ごろ、現東北大学教授の水野紀子先生が、研究人生を始めるに当たり、恩師の加藤一郎・法学部教授からかけられた言葉です。

    加藤一郎

     

    出典は「ジュリスト」という、法律関係の雑誌。ちなみに、加藤一郎先生とは、東大総長、成城学園学長を務められた大学者であり、現小宮山洋子厚生労働大臣のお父様であられる方です。そういう「エライ先生」の言葉であることを意識すると見方が曇ってしまうので脇に置いておいたほうが良いかもしれません。

    ・・・・・・・・・・・

    どうでしょう、文全体にあふれてくる優しさと、人間尊重の姿勢。

    まずは、以下の言葉が圧巻です。

     

    「法律の論文は、技術的なもののように思うかもしれませんが、債権譲渡のような技術的なことを書いているようでも、どうしてもそれを書いた人間が出てしまいます。」「優しい人の書いたものは優しい論文になるし、そうでない人の書いたものはやはりそうなってしまう。」「人間らしい論文を書くためには、背景に人間らしい生活を送る必要があります。」

     

    何でもよいですから、ご自分の仕事を、上の「論文」の部分に代入してみてください。少し仕事が輝いて見えませんか?

     

    私は、職業柄、「論文」を「手術」に置き換えて読んでみました。

    「手術は技術的なもののように思うかもしれませんが、単純結紮縫合のような単純な技術であっても、どうしてもそれをする人間が出てしまいます。優しい人の手術は優しい手術結果になるし、そうでない人の行ったものはやはりそうなってしまう。人間らしい手術を行うためには、背景にに人間らしい生活を送る必要があります。」

     

    「手術」は、無機質で「技術的な」医療行為とみなされる最たるものではないかと思います。患者さんに覆い布をかけてしまうと、基本的に、誰が何をしているのか、患者さんにはわかりません。メスを入れる、剥離をする、止血する、縫合する。それは誰が行っても同じであり、「人間らしさ」とは対極にあるように思われているのではないでしょうか。

     

    しかし、私が大学の研修医のころに会得したのは「手術には顔がある」ということです。

     

    東大病院がまだ、古い建物だったころ、当時研修医だった私たちは、外来の看護婦(当時は看護師ではなく、看護婦でした)さんたちにけっこう「かわいがられて」いました。

    なにかと看護婦休憩室にいりびたり、いろいろな先生のうわさや世間話を楽しむ中に、看護婦さんたちは、「○○先生は手術がうまいのよ」というのですが、彼女らの「うまいのよ」には、「ウンマインのよ」とか、「ウ〜ンマインのよ」などの言葉の微妙なニュアンスの違いがあり、当然、最高評価を受けている先生の技術を盗もうと切磋琢磨したものでした。

    大学病院と言っても外来手術ですから、現在当院で行っているような局所麻酔の手術のレベルの話です。

    当時教授であられたの福田修先生の手術は、縫った傷を他の医師が見ただけで、「福田先生が縫われたんですね」と言われるほど、見事な縫合でした。福田先生は「2週間も手術をしないと手が鈍る。」とおっしゃるような芸術肌で、その手術結果はまさしく、丹精込めた芸術(作品、とは言っていけないのでしょうか?)でした。
    「福田先生に手術してもらえるなんて幸せですね」
    手術を受けた患者さんは、スタッフからそのように言われました。(今もいわれているとお聞きします。)

    時代の流れにより、現在では「全国どこでも同じ医療」が行われるのが理想であると考えられ、手術に個人的な「顔」は認められない傾向があります。
    しかし、現実はいかがなものでしょう。手術する我々は、機械ではありません。人間の手、人間の頭が生み出すものは、誰が行うかによって少しずつ違います。それは、術者の手術への姿勢、物事の考え方、すなわち「人間らしい生活」の反映ではないでしょうか。「顔がある手術」とは、なにも、奇抜なアーティスティックな手術ではありません。ほんの一ミリ、0.5ミリの切開や止血の度合、糸をかけるほんのわずかな組織量などに「その人」が反映されます。

    「結果が同じならば誰に手術されたって同じ」「そんな細かいところに気を付けたって結果は同じ」という考え方もあります。

    名人の手術であっても、時には、体質や偶発的な経過のために、思わしくない結果になることもあります。ただ、そのような場合こそ、本気で取り組む医師であるかどうかで、仕事の価値は違ってきます。

     

    さて、続きを・・・・
    「そしてできれば貴女には人間らしい顔をした論文を書いてもらいたいと僕は思います。」「人間らしい生活をするとは、結婚して子供を持つことだと思います。」「あなたは女性だから大変かもしれないが、がんばりなさい。僕もできるだけのことをするから」

     

    これも素晴らしいですね。仕事を始めるにあたり、上司に、それも男性の上司にこのようなことを言ってもらえるのはこの上ない喜びではないでしょうか。仕事をやる気にさせる言葉だと思います。

    しかも、この会話の舞台はは1970年代。

    当時、東京大学は封建主義の極みの大学。女性が学究的な研究をしようと思うと、門前払いを食らわされるか、「女を捨てること」「結婚しないこと。子供を産まないこと」を約束させられるような時代でした。その時代に、加藤先生は、よくぞこのようなことをおっしゃったものだと思います。

    私が全く存じ上げないお二人の話であり、実際はどのような方々かは全く知らないのですが、心が洗われるような気がいたしました。

     

    「『優しい顔を持つ仕事』をしてほしい。そのためには『人間らしい生活』を送ってほしい」

     

    少子化時代の生き方のカギになる言葉ではないでしょうか。

     

     

     

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