皮膚の歳時記

世田谷区の皮膚形成外科、千歳台きたのクリニックです。季節の変化と皮膚の健康の関係は切っても切り離せません。季節ごとの皮膚のお話をちょっとずつお伝えします。
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ステムセラー
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     もう何年も前から、「幹細胞」を使った「夢の医療」は、最先端医療の話題の中心です。
    とくに、ES細胞の倫理問題を解決したiPS細胞への期待はものすごく、
    この細胞が将来、重大な疾患を救ってくれるのではないか、と熱い視線が注がれ続けています。

    「幹細胞」とは、いろいろな細胞のルーツのトップにある細胞です。
    幹細胞の特徴は、「この細胞から、多種類の細胞や臓器へと分化させることができる」ことと、
    「幹細胞の無限な自己増殖。すなわち、自分と同じ幹細胞の複製をいつまでもつくり続けることができる」こと。
    つまり、栄養を与えさえすれば、どんな臓器でもエンドレスに作り続けることができる、打ち出の小づちのようなものです。
    ついでに言えば、増殖と分化をコントロールできなければ、「癌細胞」と同じです。

    私が30歳で大学院へ入学した当時は、世の中全体が「幹細胞」による「臓器づくり」をしようと、動き始めた時代でした。
    そのころ、「切手の大きさの皮ふから新聞紙2枚分の皮ふが培養できる」ことが新聞に載り、
    重傷熱傷患者さんへの皮膚移植への画期的治療として臨床応用が始まっていました。

    私が大学院へ入学した時に、教授に語られた夢は、
    「培養皿の中で耳が作れないかなあ」。
    大学では小耳症という、耳の軟骨が足りない疾患を扱っていました。
    幹細胞を増殖させ、耳の軟骨へ分化させ、体に移植すれば、多くの患者さんに喜ばれるはずです。
    若かった私は、「よし、そんなに人を幸福にできる研究ならば挑戦してみよう」と思い、研究生活に入りました。
    37℃に保たれた培養器の中の、はかない半透明の培養細胞たちは、たとえようもなくミステリアスで、多くの潜在的能力を持っているように見えました。
    そこへちょっと、カルシウムを加えたり、いろいろなエキスを加えてあげると、皿の中で脂肪・骨や皮膚へ分化します。
    培養皿の中で、細胞をいろいろな臓器へと分化誘導させてあげることは、割と簡単にできてしまうのです。

    問題はそこからです。
    「分化能力」のある細胞ならば、当然、マウス、ラット、ラビットなどの実験動物の中に入れてあげれば、どんどん脂肪細胞や骨になってくれそうなものです。
    それが、なかなか、うまくゆかないのです。

    本日は、日本の研究グループが、人間の毛から採取した幹細胞を毛の生えていないマウスに移植して、見事に毛をはやすことに成功したというニュースがありました。
    本日の記事の実験で注目すべきなのは、「いったん体外でバラバラにした細胞」を「体外で毛の形に再構築して」移植すると、「あたかも元の毛と同じようなふるまいをした」という点です。
    移植に成功したという事実は素晴らしく、
    脱毛症解決への道が開けたかのように見えます。

    臨床応用するためには、免疫の問題がありますので、自分自身の幹細胞を移植する必要があります。
    (ニュースの実験では宿主が免疫不全マウスだったので、免疫の問題はありませんでした。)
    すなわち、自分に残されたわずかな毛を採取し、幹細胞を取り出し、移植する必要があります。
    しかし、1本の毛が1本の新たな毛を生み出すのでは意味がありません。
    つまり、この実験系を臨床応用するためには、毛の幹細胞を幹細胞のまま増やす技術が必要となります。
    私の理解が間違っていなければ、同じ幹細胞でも「毛の幹細胞」はiPSやESと異なり、自己増殖させることに成功していません。分化の方向も決まっています。
    上で書いた「幹細胞」の定義とは少し違い、「前駆細胞progenitor cell」と呼ぶほうがふさわしい細胞です。
    本当に「毛を増やす」には自己増殖能が必要。だからiPS細胞が注目されているわけです・・・

    2000年ごろから、幹細胞(あるいは前駆細胞)を利用した移植実験や臨床が成功したとのニュースが時折流れますが、どうやら、持続的に臨床で使われるに至ったものはなさそうです。
    かつてこの世界は「期待が買われた」時期があり、巨大な投資が動きました。また、バイオビジネスと非常に密着した研究分野でした。
    1999年ごろにアメリカで研究していた時期は、さかんに「promising」(期待が持てる)という言葉が交わされていました。(最後のほうでは、promisingという言葉を聞くと、「またpromisingか」と、夫と一緒にまゆに唾をペロッと着けていました。)
    最近ちらと当時の研究がどのような発展を遂げたかを見たところ、2000年ごろからほとんど進歩なく、当時のラボのボスも研究対象を乗り換えています。
    私自身は8年の研究ののち、自分の人生の中で、このような問題を解決するのは無理だろう、
    この世界で格闘していても、私自身が誰かを助けることはできないと判断し、
    もっと「『確実に』人のためになる」臨床に戻ろうと考え、研究をやめました。

    幹細胞関連研究は、「錬金術」と似たようなところがあります。
    幹細胞を自由に牛耳ることができるようになれば、生命や臓器の「創造主」になることができます。
    幹細胞研究とはそのような魅力があり、野望の対象となっています。
    巨大な研究費をかけた割には、良い結果が出ないのも錬金術とそっくり。
    でも、かつて、「錬金術」に魅せられた人たちが、「金を作る」目的には成功しなくても、派生的にいろいろな科学技術を編み出したように、幹細胞研究の副産物として有意義な研究結果や技術開発が生み出されたことも事実。
    私自身への副産物としては、「とことん調べる」「懐疑的になる(新し医療情報をすぐに信じない)」「トラブルシューティング(壁にぶち当たったら何とか乗り越える)」が身についたことかなあ。

    「錬金術」に関しては、中学生の時に夢中になって読んだガモフの科学読み物では、ものすごいエネルギーをかけて原子をいじれば、なんとか金を作ることは可能、と書かれていました。しかし、費用対効果がとんでもなく悪く、何のために金を作るのか訳が分からなくなってしまう。
    幹細胞プロジェクトでも、万が一成功する技術が開発されても、やたらと費用と手間がかかるようならば、結局実用化には至らないのではないでしょうか。
    | kitanohifukei | あれこれ | 20:49 | - | - | - | -
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