皮膚の歳時記

世田谷区の皮膚形成外科、千歳台きたのクリニックです。季節の変化と皮膚の健康の関係は切っても切り離せません。季節ごとの皮膚のお話をちょっとずつお伝えします。
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A先生の時代
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     50歳を迎えると、いままで思い出しもしなかった昔のことが次々と思い出されてきます。
     
     以前ご紹介させていただいた小学校担任だったA先生との間には、いろいろな確執がありました。
     私が通っていた小学校は、富山平野が山へと立ち上ろうとする、その裾野付近にあり、のどかな田園風景が広がっていました。当時の級友には頭のいい子、勉強のできる子、運動が得意な子、字がきれいな子など、才能があふれた子はたくさんいたのですが、土地柄なのか時代のせいなのか、上の学校に行こうとか才能を伸ばそうという「欲」は全く感じられない雰囲気がありました。

     私もそんな感じで、小学校時代は、高校とか高専に行ければいいなあ、との気持ちはありましたが自分の将来に「大学進学」という文字は一つもありませんでした。
    他の子もそんな感じで、むしろ女の子は学校を卒業したら適当に働いて早く嫁に行け、という考えが普通だった時代と地域でした。

     私の両親は娘に何か自活できるだけの職を身に着けてほしいと言っていました。ただ、それが何なのか、ものすごく漠然としていまして、
     和裁の先生がいいんじゃないか、体育の先生は?看護婦は?学校か幼稚園の先生は?医者になれればそりゃいいけどね、ずいぶん現実味のない話だね、宇宙飛行士?そりゃ無理だよ。幸恵は字の才能はないからお習字の先生は無理みたいだし・・・

     そういうまったり空気の流れを変えたのはA先生でした。
     私たちとA先生が激しく対立する中で、「お前たちみたいなやつらは、はどうせ付属(富山大学付属中学校)の試験を受けても通らんやろ」と啖呵を切られたので、よし、こっちも受けて立ったろうじゃないか、と燃えて、勉強を始めました。
     結果は合格、「そーら見たことか」、と見返した「ツモリ」になりましたが、我ながら恥ずかしいほど幼かったと思います。
     
     このブログは小学校の級友も読んでくれていて、昨年O君からA先生を囲む会での先生の「レジメ」を送ってもらいました。いつ読んでも感動なので、とりあえずその一部をご紹介させていただきます。

    「君たちと出会ってから40有余年。深い絆とともに作り上げた思い出は忘れられない。新米教師であった私は、育てることの『厳しさと愛』を標榜し、教育への情熱に燃えていた。・・・」
     どのような仕事であれ、「情熱に燃えていた」と、真面目に語れる人は数少ないのではないでしょうか。まさしく私たちもその情熱の嵐に巻き込まれ、熱い幼年時代を送りました。いまはぬくもりのように温かく思い出されるひと時です。

     人の人生って、時代と出会いでとんでもない方向に変わるものだと思います。永続的に、継続的に、いつまでも、将来は・・・なんて考えてると、貧相になりそうなので、今この時を一生懸命生き、かかわってくださる皆様を精一杯大切にして頑張ってゆきたいと思います。
    | kitanohifukei | 子育て・教育 | 09:22 | - | - | - | -
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