皮膚の歳時記

世田谷区の皮膚形成外科、千歳台きたのクリニックです。季節の変化と皮膚の健康の関係は切っても切り離せません。季節ごとの皮膚のお話をちょっとずつお伝えします。
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6年B組の皆さんへ
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     こんにちは、37年前の富山市立太田小学校6年B組のみんなの中で、このブログを読んでくださる方がいるなら、この場を借りて、ご報告しますね。

    今日午後、担任のA先生がクリニックを訪れてくださいました。
    息子さんが世田谷区にお住まいの関係で、週末まで東京に滞在されるそうです。
    富山のますずしとかまぼこをを持ってきてくださいました。
    一年前の、私の先生宅急襲と負けず劣らずの急襲で、例のごとく熱く語られ、強く励ましてくださり、嵐のように去ってゆかれました。
    全然、お変りになりませんね。元気すぎます。2年前に定年退職されたのが信じられない気がします。
    お互い久しぶりだったので、語ることが多すぎることはわかっていましたが、後日またゆっくりと言うことで。富山で先生と飲まれるときには、ちょいと語り草にでもしてください。

    今から思うに、
    この熱いA先生に小学校高学年の2年間受け持っていただいたことで、何か変わらないほうがおかしかったでしょう。
    それまで自由気ままに甘ったれて生きていた私にとって、初めての壁のような先生でした。
    なにせ、「子供はのびのびと、自由と創造力を大切にに」との教育の風潮に真っ向から逆らうように、先生の教育方針は、生徒たちの否定から始まりました(のように見えました)。
    「お前たちの腐った根性を叩きなおしてやる」なんてセリフ、いまどきの担任教師は、たぶん言いませんよね。
    一見、権力濫用、ガチガチの軍隊式教育のように見えますが、生徒たちは悔しい気持ちを抱えながらも、びっくりするほど先生についてゆき、慕ってゆきました。
    「甘えた根性が悪い」のが真実を衝いていることが、子供心にも納得できたことと、先生が徹底的に生徒と付き合って下さったからでしょう。

    こまっしゃくれていた私はどちらかと言うと先生と対立することが多く、憎い気持ちのほうを多く持っていました。にもかかわらず、家庭訪問の日は何となくうれしく、先生が来て下さるのが待ち遠しくて、屋根の上に登って「まだこないかなあ」と見張って待っていました。

    卒業後も、みんななにかと、先生に会いにゆきました。
    K君が愛知県へ行くの時の送別会、寒々とした3月の写真、あれもこれも断片的な記憶ですが・・・
    当たり前のように甘えさせてくださったおかげで、助かった日々もあったのだと思います。
    次の同窓会も、声をかけてくださいね。さすがに、次回は入院ということはないでしょう。
    | kitanohifukei | 子育て・教育 | 22:16 | - | - | - | -
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