今日は高校の卒業式のため、半日お休みをいただいた。娘たちをここまで見守ってくださった方々には言葉で言い表せないほどの恩を受けた。教育に情熱をかけ、子供たちがしっかり成長してゆくことを祈念してくださった多くの先生方には心からお礼申し上げたい。
学校での営みは「うまくいって当たり前」と思われがちである。本当は、日常の営みを平穏に過ごさせるためには、並大抵でない努力と忍耐の積み重ねがあったはずだ。
私がこれから書くエピソードは、「変わった出来事」である。だから書きやすかった。自分への反省を込めてだが、「書かれること、書きやすいこと」は、森を見ているのではなく、一つの小枝の観察記録に過ぎないことが多い。
平穏な日常は、なかなか書くネタにはなりにくいため具体的に書きづらいが、これこそ何事にも代えがたいものであり、本日この日を無事に迎えられたことを感謝している。
高校数学の醍醐味は、「ワクワク感」を味わうことに尽きる。そのためには、非暗記型の数学を会得させるのが正攻法だ。しかし、非暗記型の数学を最終目的として教育することは、ものすごく難しいことだと思う。書店に並ぶほとんどの参考書は、「この問題にはこの公式を適用しよう」「この公式は重要だからゼッタイ覚えよう」というノリで書かれている。これらの本の通り素直にやってゆくと、必然的に暗記型になる。(そもそも非暗記型はそのような参考書を買わない)。私自身の数学は非暗記型だったが、同じ教師に学んだ旧友の何人かは、暗記型数学をしていた。結局、暗記型か非暗記型かは、教え方には関係なく、教わる時点で生徒が持っている性向が決定するのかもしれない。ましてや15歳まで暗記型でやってきた子を方向転換させることは至難の業である。
ところが、筋金入りの暗記型数学少女であった次女が、最終的に、非暗記型数学を楽しむことができるようになった。
松尾光徳先生との出会いは、3歳年の離れた長女の高1時代にさかのぼる。(ご本人に許可をいただいたので、実名で書かせていただいた。)
びっくり仰天の出会いであった。
松尾先生は溝の口にある塾の経営者兼塾長である。その年の春は塾の生徒さんが驚異的に少なく、倒産の危機に直面していたとのこと。そこで先生は、「部屋の中で待っていてはいけない、外へ出て生徒を引っ張ってこなければ」と、娘の学校の近くで「路上講義」をはじめられた。ホワイトボードを持って道路を通る生徒たちに問題を吹っ掛ける。「これができたら消しゴムあげるよ」。
当時、長女は化学が全く分からなくて困っていた。何がどう困っているのか、さっぱりわからないが、とにかく困っていた。私には娘に十分教える力がない。そのとき、松尾先生の路上パフォーマンスにみごとに「ひっかかった」のだ。「勉強教えてあげるよ」といわれて、のこのこついて行ったらしい。その晩、娘がなかなか帰ってこない。心配していると電話があり、友人と二人で体験授業を受けているとのこと。10時ごろだったか、ようやく帰ってきた「体験授業、ものすごく楽しくてよくわかったよ。私たちしかいなかったから、ずっと授業してくれた」その日だけで5時間以上、無料の講義を受けたらしい。長女はその週、タダの体験授業に入り浸った。私はそんな怪しい塾に入り浸り、勧誘を受けていることにハラハラしていたが、「大丈夫、これ体験授業だから」と娘は意に介しない。授業がわからなくて暗い目をしていた娘が「開眼」し、目がキラキラ輝いていた。彼女の化学への理解は爆発的に伸び、成績は向上した。
念のために、一般的に心配されるような怪しいことは全くなく、ただ、松尾先生が標準的な教育方針とは少し違った教育視点と生き方をしているだけだということをお断りしておく。
それから3年を経て、数学で悩んだ次女が松尾先生の門をたたいた。そこで出会ったのが、きっぱりとした先生の方針。
「暗記型数学はダメ。非暗記型にすること」。
私と違うのは、私が「暗記型でも仕方がないかも」と、現実と妥協してしまうのに対し、松尾先生は「ダメなものはダメ」と徹底していること、さらに、暗記型を非暗記型に変えてゆくための、ご自分の方法を持っていらっしゃること。これは考えれば大変なことで、3年も5年も前に戻って数学への考え方を変えてゆかねばならない。私は、自分が娘の数学に望むと同じ方向を示してくださった先生に(実際は本当にそんなことが可能かどうか疑心暗鬼ではあったが)、娘の勉強をゆだねることにした。
暗記型数学から非暗記型に転向するとき、しばらくの間、考査の点数は下がる。これは診療で言えば、それまでで病状をマスクしていた「対症療法」をやめたため、一時的に真の病状があらわになるのと似ている。もともと良くなかった得点がさらに低迷した。
低迷から抜け出すのには時間がかかった。高校3年の夏までに「改造」が追い付かなかったのが、理系から文系へ転向する一つの理由となった。
ところが、高校3年の秋、突然花が咲いた。娘が顔を輝かせて「数学がわかってきた」と言う。こうなればフィーバーが起こったのも同然で、やる問題やる問題、ジャラジャラと面白いように解けてゆく。連勝を重ねるようになり、一気に数学が楽しくなった。